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スリランカ日記 紅茶教室
April 12, 2007
日記
世界はバカらしいくらい青く澄み渡っていた
昨夜は夕食後疲れがどっと出た。


春になり冬の間にじっくりと溜め込んだ「やりたい事」がフツフツとした小さな熱になって心の奥で湧いているのを最近感じつつ・・・・自分でかってに作った「ちゃんとしなくては」という四角い枠がどうもきゅうくつでもがいていたのかもしれない。


「やりたい事」の一つはもっとスリランカの料理を沢山カフェで紹介したいという事、今少し考えているのは週に1日スリランカレストランの日をしようかな?って事、スリランカのティーハウスやカフェやホテル(一般の人がお茶を飲んだり食事をしたりする所をスリランカでは宿泊しないのにホテルっていう・・・)では、色々な種類のカリーや(スリランカのカリーは数種類のカリーを好きなように自分のお皿で混ぜて食べる・・・これが本当に美味しい、我が家でも夕食がスリランカ料理の日は沢山のカリーや豆の粉で作るパパダムやサラダを混ぜまくって食べるのが定番)カトレットやロール(スリランカの一口コロッケ)ココナツミルクで作るプリンのワタラッパン・お米の粉のクレープホッパース・・・・やケーキなどが沢山ケースに並んであって、皆それぞれが好きな物を好きなだけ食べるシステムになっている、紅茶だけでくつろいでいる人の横ではカリーをモリモリ食べる人がいたり・・・カトレットを食べながらキリテ(スリランカの甘いミルクティー)を飲み新聞を読んでる人もいる・・・・、町中の活気にあふれたカフェでも海沿いのリゾートホテルのティーハウスでも・・・・そういう様子は見られる。

そういうのの規模を小さく小さくしたプチスリランカレストランデイを週1でしたら楽しそう、メニューは気まぐれにその時の気分で決めて。

これはプラチャンの影響が大きいのかも・・・・プラチャンのスリランカ料理は凄く美味しい、カトレットやロールも私が作るのとはやっぱり何かが違うくて・・・・・ミルクライスやネギのカリーも何処か懐かしいような体の芯まで温まるそんな味、プラチャンに「凄いね〜」と言うと・・・「だってスリランカ人ですから(笑)」と言うのだけど・・・私もいつかスリランカのお母さんが作るようなスリランカ料理を作りたいと思い続けていた。

家庭料理は気まぐれに作るのが一番美味しいと思う、週1日そんな日を私のカフェでも作りたいな〜。

もう一つの「やりたい事」はまだまだ先の・・・・お婆ちゃんになってからの話。

冬の間は誰にも会わないで家らか一歩も外に出ないで・・・・・・本と紅茶とお菓子で過ごしたいという「願望」かな?


そして昨日はaiちゃんから10年ぶりくらいに連絡があった・・・・・びっくりだった、aiちゃんは高校生の頃の親友で高校卒業後も連絡はとっていたが何となくお互いすれ違いはじめいつの間にか音信普通になっていた。
「親友」と言うからにはそれなりの思いもづーっとあったのだけれど、私が感じていたのは・・・・なぜか埋められない溝がどんどん出来てしまっていてお互いその状況にとまどっていたように思う。

恋人もそうだが・・・・・関係が親密なら親密なほど一度歯車がズレ始めると一気に手の届かない所に行ってしまう。

そしてそれは新しい事の始まりでもあるから、無理に繋ぎと止めずに私たちは見送ったような気がする。

縁があれば又いつか何処かで出会う物なのだから、その時に恥ずかしくない自分でいたいとはいつも思って来ていた、立派になるとか偉くらなるとかではなく・・・・友達として。


aiちゃんからの急な連絡は本当にびっくりだったけど心の何処かで「来るべきして来た」とも思い少しだけ冷静だった、彼女は始めて私の事を・・・楽しい時もそうでない時も心から必要だとしてくれた人だったと思う。

自分存在が必要とされる事を望むのは一見弱いようで本当は人間の本心なのではないかと思う。

人と関わるのが苦手だったり嫌だったりする人も一人で何でもこなしているように見える人も、何かしらの方法で人や世間と関わりたいのだと思うし、そういう人って意外に多い。

実際私だってお店にお客様が来たらいまだにびびって挙動不審になっている自分を隠しながら接客をしているし(怪しい??)それでもやっぱり人と関わりたいのだと思う。


ニイナに再開してから私は身辺の煩わしい事を少しづつ片付けシンプルに好きな事だけを集め生活するように心掛けて来た、それは「本当に大切な物」以外はそぎ落とし自分の考えを明確にして行く作業で、その作業をしていると不思議と段々煩わしい事が向こうから離れていったようにも感じるし、自分の事がはっきりと見え始める。


いつでもツルンとした魂で生きていたい。

最近思うのが、いくら嫌な事があっても本当は誰も悪くないのだという事。


Posted by diary at 03:50 PM