日記 紅茶入れ方 3つのミルクティー 小さな南の島 cafeメニュー お知らせ お手紙 掲示板 リンク
スリランカ日記 紅茶教室
May 04, 2009
日記
その正体
もう考えるのをやめている・・・・!!え!?何がって??あー独り言でした、本の事です。

キミコさんに一番初めに書いた原稿をわざわざ送りもどして頂いたので少し読んだけど途中で「もしかしたら今はあまり読まない方が良いかも」と思いそのままにしています。

一番暗くよどんだ部分でもあるし、一番柔らかく大切にしまっていた部分でもあるから。


とにかく波乗りみたく自然の力に身を任せ自分の任務を淡々と果たそう。

今日はニイナとりんと三人で植物園に行って来ました、りんは石を拾って食べるので目が離せません。

帰りに寄ったスーパーでふと殻に入った胡桃が目に止まった瞬間ぐーんと頭の中の記憶のピントが動き初め、ある所にパチっと止まったのでしたそれは殻つきの胡桃を初めて見た日の事。
それはまだ私がかなり小さい頃だったと思う、父が何処からか殻つきの胡桃を買って来て見せてくれたのでした。
始めはそれが食べ物とはわかりませんでししたが新聞紙を広げとんかちでガンガンと割ると中から香ばしい木の実が出てくる様子にひどく感動しましたし、手間のわりに少ししか食べられないのも珍味みたいで子供心をくすぐられました。
それからしばらく我が家では胡桃が流行り父が買ってくるたびに「とんかちで割ってくれ」と父に飛びついてじゃれていました。
その頃に一番欲しかった物は胡桃割り人形です、話の内容は悲しい話だったような気がするとしか憶えていませんが・・・・可愛いフランス人形がこの美味しい胡桃をきれいに割ってくれるなんて素敵過ぎるじゃーないか!と思った事を憶えています。

何だか遠すぎて自分の事ではないような気がする、あそこでやりたい放題父や母に甘えているのは確かに私だよな。


身近な人を亡くすと自分の人格のひとつが出て来なくなります、これって皆そうだと思う。
私の場合は父ですが、父といる時にしか出てこない「私」という物があってそれは父がいなくなってからは出て来れなくなりました。

そういう出会いや別れを繰り返して来ているので、昔の自分を思い出すとまるで自分ではないような気がするのかもしれません。

父の前でしかいなかった私はもう出番がないのですから。


キミコさんとの本はその部分を形にして一度自分の中から出してみたいという気持ちがあります、その事を最初のミーティングの時にキミコさんにお話したのですが、だんだん「本」という物を意識し過ぎてしまい私の中でテーマが曖昧になって来ていた事をキミコさんに指摘されたというわけです。

はーすっきりした、そうなんだ。
書いてみて今自分でももやもや胸にあった物の正体がわかりました。

何度も書きますが本といっても自主制作の小さなレシピ本です(日記に書くたびに「えー本を出版するのー?」と友達に聞かれるので・・・一応書いておきます)。


Posted by diary at 12:29 AM