
レモンを絞り黒胡椒を挽いて紅茶と一緒にはふはふ食べた。

昼ご飯


寝巻でだらしなく食べるベタベタのおにぎりにりんとの距離がぐっと近くなった。
親子で楽しめるおにぎり分解。

分解


大人と同じで子供にもそんな気分でない時があるらしい。

昼ご飯


今朝は私が何をしていてもりんがぐずり「アギャー!!」っとだだをこねていた、結局抱っこをして長い時間お話したりしているとコトンと眠ってしまったのだった。
初めての子育てで何でぐずるのかとか良くわからなくてつい「何でやのーー!!!!」とパニックになってしまいそうになるが、結局子供って何かが満たされていなくてぐずるらしくその「何か」が満たされると落着くらしい。
その「何か」とはだいたいがとりあって欲しいらしいのだ、よくよく思い出すと確かに自分もそうだったような気がする。
りんが一歳になって薄ボンヤリとだが仕事の事を考えるようになった、りんと一緒に楽しめるような仕事のやり方をして行きたいと思っている。
私が仕事の事を考えたりする時間が増えるとりんに淋しい思いをさせてしまうのかな?と心配にもなるけど「何かを一緒にする」楽しさをりんと見つけられたら良いなと思っている。
お茶を入れるご飯を食べる・・・海に行く映画を見に行く・・・・私達の世代は「一人」で何かをする人が多いように思うしそれはそれで良い所もあるし私もそういうスタイルが嫌いではないがせっかくこうやって出合ったのだもの、一緒に過ごす時間も大切にしたい。
ライフワーク、日々の生活をそのままずるずるっと引き出したような形で「食を通して人と関われる事」今の理想のように思っているが実際はどうなって行くのかは動いてみないとわからない。
日々の生活ってステキ過ぎてもくたびれるし何となく薄っぺらい感がある、でもやさぐれれば良いってもんでもないし・・・・自分がどう暮らしたいのかきっと「暮らし」って一生のテーマなのだろう。
相変わらずのねずみ色の空をぼんやりと見上げる。
考え日和


りんを見ている時私は水の中にいるような感じがするのだ、自分と外の世界に膜があるような近くて遠いようなぼんやりとした感覚。
この世で一番と言っても良い大切な存在が急に出来てしかもすくすくと大きくなっている事が今でも現実味が無い時があるのだ。
今までこんなに仕事をしないでいた事もなく少し前まではそれが不安だったがある時急に吹っ切れた、何だか急にふーっと体の力が抜けたというか今まで無意識に拘っていた事がどうでも良くなった。
人に食事をふるまう事やお茶を入れる事にもっともっと素直で良いのだと思う、飯炊きババアやお茶飲み婆さんのあの図太くってうまそうな手の秘密はそういう所にもあるのかもしれないな・・・とかふと思った。
私がしたかった事ってもしかしら仕事ではなく「暮らす」事なのかもしれないな。
暮らす事


写真は翌朝の朝食、キャベツとソースとマスタードでサンドイッチにしました昭和の洋食ちっくにたっぷりの紅茶といただきました。
揚げたても良いけど一晩たって冷たくなった肉団子をパンに挟むのが好きな食べ方。

サンドイッチ


森の存在を思い出すといつもスリランカの夕暮れを思い出す、バンダラウエラという場所はスリランカにしては珍しく少し肌寒い地域、カラスが鳴きしんみりと穏やかに暮れていく・・・日本にも遠い昔はあんな夕暮れがあったような気がする。
もしかしたら今もあるのだけど私の暮らしがそこから離れてしまっているだけなのかもしれない。
りんを寝せながら風の正体を見たような気がした。
物の存在



ご近所さんで


揚げ餅にして頑張って食べるにも限界を感じ餅料理の開発をしてみた。
脂身のある牛肉の薄切りで細く切った餅とせりを巻きオリーブオイルで焼いてみました、塩をぱらりとふって。
見た目は何か良くわからない感じだけど味はなかなか好評。
餅が余るこの時期におすすめの一品。

餅の食べ方



米粉のパン



お茶の時間


とにかく冷え性なので靴下にはほっかいろを貼って準備完了。
最近気に入っているのはビスケットの図鑑みたいな本。
布団にもぐり紅茶を飲みながらこの本を眺める幸せ・・・・・あれもこれも食べたいと思いをめぐらせながらよだれをぐっと飲み込む。
小さな物にじっくりと注目すると心の奥の方からじわじわとムクムクと何かが湧き出してくる、子供心だろうか?お金では買えないチリチリとしたこの気持ち。
たかがビスケットされどビスケット・・・・小宇宙なのだな。
ビスケット


オノバは又痩せたようにも見えた、小さな体で頑張るな〜。
デジタルパーマとかいうのをおすすめされてかけてみた、凄く久々のパーマに気持ちが心機一転。
新年早々気分が良い。
夜はお鏡開きで餅を食べようと思っていたがニイナの実家にふらりと遊びに行ってみたらそのまま夕飯をご馳走になってしまいお餅は今もキッチンで出番を待っている状態です、今夜必ず食べます。
今朝は早起きをして正月の片づけをしつつ紅茶を入れチーズトーストを焼いた、最近私達はチーズトーストに異常にはまっている夫婦なのだ。
お気に入りのカチョカバッロチーズとヌワラエリヤという紅茶を今朝偶然同時に使いきってしまった、日々の暮らしは「使いきる」という清々しさに支えられえているような気がする。
又どうせ紅茶もチーズもすぐに新しいのを補充するくせに、最後まで使ってしまってなくなると凄く気分が良い。
野菜も服もそして自分の体までもがこんなふうに使われて使われて最後は石鹸の泡みたくふーっとなくなって行くのだろうな。
なくならないのはソウル・・・そう心や魂と言われている思いのような気がする。
今りんたんが二階でお目覚めの様子、おたけびをあげた・・・・・。
新しい朝



キノコの牛鍋


数年前金柑のイタリア風サラダに出会うまでは、オリーブオイルと白ワインビネガー塩とブラックペッパーをふんわりまとった金柑はふっくらとふくよかで艶々しくまるで香水の元ととなる花の蕾のようだった。
その頃より正月前後の時期になると小さな金柑をせっせと洗い割り竹串でひとつひとつ種をとりサラダにジャムにと形を変えては短い旬に舌鼓をうつようになった。
紅茶はやはりキャンディーが合うと思う。

小さな旬を


握っては食べ握っては食べ熱い紅茶で流し込みふと気が付くと炊いたご飯の半分以上お腹の中におさまっていた。

黒に紫


紅茶はヌワラエリアですっきりキリリとしてみました。

チーズなんです


寒い中耳の先まで真っ赤にして収穫した宝物達。
では今年もよろしくお願いします。

元旦
















