
朝遅くまで布団の中でりんとうねうねしていた、本当は用事があったのだけど・・・・思い切って今日は休日にした。
起きるとニイナはもう仕事に行っていた。
二階の部屋をりんのお尻ふきシート(ウエットティッシュみたいなやつ)で隅々までふき掃除をする、テレビの後ろとかソファーの下とか・・・寝巻きでぼさぼさ頭のままりんと二人で。
下に降り本を何となく読む。
ふと思い出した、私は暇でなくてはダメになってしまう人だった事を。
無駄な事をしてみようと思い変な歩き方をしてみる、家の中で手を振り上げ大またで歩く・・・なんか楽しい。
最近私は人の気持ちがわからくなっていてそれは良くない事だなと思っていたのだけどどうしたら良いのかがわからなくて悩んでいた。
自分の事しか考えられていなくて良くない事なのに人の事を考えようとするとプラスチックの板みたいなのがプスっと考えをさえぎるのだ。
さっきわかりました、忙しくしていると心がケチになってしまうみたいなのです。
「ボロを着てても心は錦でお父さん!」これは10年くらい前に私が父に言った言葉、父は「なかなか面白い事言うねーお前は(笑)」と言っていた。
30過ぎるとあんまりボロは着たくないと思うようになってきたけど・・・あの頃の私にしか見えなかった物があったのかもしれない。
心は錦


お粥に焼き芋にスイカジュース・・・・苺にスパゲティー・・・・・。
遊びながら食べさせると良く食べる、イスに座らせて「はい食べて」みたいな感じにすると食べない。
遊びが大切なんだな、そっかそっか。
ついつい大人は焦って無駄をはぶこうとしてしまうけど。
明日は今月最後の教室、ナムルも終わるのが少し淋しい・・・ちなみに今夜はホウレン草のナムルを作った。
遊び方


そういえばスージーからメールが来ていた、まだ返事を書いていないけど。
明日ゆっくりと書こう。
最近ちょっと疲れ気味、反省する事が多くて心がへこたれている。
やっぱしこの年になっても失敗ばかりなのだ私は・・・スージーがメールで私の事を褒めてくれていたけど全然そんな事はない。
知らないうちに人に嫌な思いをさせているとまわりまわって絶対に自分に帰ってくる、それがすぐの時もあれば10年後だったりもするみたい。
本を読んで寝腐る。
もう眠ろう


昨夜キミコさんのお写真がパソコンに届いたのですっかりテンションがあがってしまい写真を見入ってしまい寝るのが遅くなってしまった。
中に数枚自分の手が写っている写真があって、自分で思っているよりも骨ばっていて血管が透けていて美味しい物を作る人の手みたいに見え、ちびっと嬉しかった。
大家族の食卓を預かる婆さんの手って感じで。
キミコさんのお写真はその物の奥に潜んでいる姿を見逃さないでしっかりと引き出しているように私には見える。(私は大家族の婆さんではないけど)。
キミコさんは「撮影の中だるみがきっときますよー(笑)」とおっしゃっていたけど私は冷静にちりちりと静かに胸の中で何かが熱を持っているのがわかる。
撮影していない日でも脳みその中では発見の連続なのです。
何よりも物作りが本当に好きな方と一緒に作品を作らせてもらえる事が私にとっては幸せな事で凄く意味がある事なのです。
そういう人の言葉や空気ってウソっぽくなくってちゃちくない、だから何となく安心する。
今夜は素麺をゆでた、後はホタテと鶏肉も焼いた。
ホタテは塩・ごま油・ネギで食べたら美味しかった。
りんはおにぎりを思い出す顔なのかもしれない



朝ご飯


すずめにドーナツをあげたいのに鳩がどんどんやって来て時々すずめをいじめて追い払ったりしている。
すずめはまだ若い感じの子が多かった、春先に生まれたのだろうか?
家にかえり、りんと昼寝をしながらふと思った。
もしかしたら自分では寝ていると思っている時起きている時には忘れている世界に行っているのではないだろうか?・・・とか、平たく言うと私は死んだ父に毎日会っているのではないだろうかとか一瞬本気で考えてしまった(平たくない??)。
そして目が覚めるとその事を忘れるようになっているのではないだろうか?とか・・・。
私は時々世の中の事がまったくわからくなってしまう(いつもか??)。
多分今日久々に近くですずめを見て、父に作ってもらった鶏小屋に来ていたすずめを思い出したからだな。
後はミニドーナツ、小さい頃は近所の駄菓子屋さんで母にいつもひとつだけ買ってもらうのが凄く楽しみだったのに・・・今日は十個は入っているであろう袋を持っている凄いなーとか思っていた。
そういえば一度母に買ってもらったドーナツにカビが生えていたのだけどなぜかそれが言えなくて無理して食べてしまった事があったなー・・・・なんで子供ってそういう事が言えない時があるのだろうか??
今夜の夕飯は焼き鮭・イカと大根の煮物・野菜の味噌汁・めかぶ・キムチ・たくわん。
今日も朝ご飯みたいな夕飯が食べたくなり鮭を焼いた、食後来月の教室の試作でサーモンのブルスケッタを作ってみたら予想していたよりも簡単で美味しかったので気持ちがすっきりとした。
後は季節がら新蓮根のマリネを添えようかなーとか考え中。
言えない気持ち


二回目なので少しリラックスして出来たと思う、デザイナーの岡崎さんともお会い出来て楽しい一日だった。
盛り付けの方法とかあらかじめ「こんな感じでいこうかなー」とかくらいはぼんやりと決めておくのだけど不思議な事にその場で「パ」っと食材が美味しい顔をする瞬間があって、それはいつそういう顔をしてくれるのか・・・・その場にならなくてはわからない事なのであんまりガチガチには決めこんで行かないようにしている。
その方が空気も一緒に撮っていただけるような気がするし・・・。
キミコさんに料理の写真を撮って頂くのは今日で三回目。
先日楓でりんの人形を作っていた時の事、先生が「顔はかかなくていいんです、子供は顔に大きな目とかなくても感触やイメージでお友達と思い大切に遊びます、はっきりとした顔があるとそれだけしかイメージをもてないでしょ?その時の気持ちで泣いていたり笑っていたり出来ないでしょ」といわれた時「キミコさんのおっしゃりたい事ってこういう事なのかも」と思った。
今日は撮影後少しだけ三人で話していた時に「青いカゴ」(内容はまだあんまり書けないけど・・・)の話になって、それは私が小さい頃家にあったプラスチックのカゴなんだけど・・・そのカゴの話を30歳過ぎた時に初対面の方にまさかまじめにお話する事があろうとは・・・チビスケだった私には想像もつかない出来事でした。
お話ししながちょっと妙な心持だった、ひんやりとした古い台所でおかっぱ頭の4歳くらいの私がこちらを見ているような。
時間の扉


熱々ジャムにとろーりバターの香り、さっくりもっちりなイングリッシュマフィンにぴったりです。

ある日の朝食


体の中まで陽の熱がじんわり染み込んで元気になる気がした。
インドの子から電話があって明日会う事になり・・・りんたんと出かけた、出先で子供の遊び場にりんたんを連れていったら一応遊ぼうと頑張っていたけどりんたんはあんまり活発ではないみたいです。
マイペースな女子みたい、隅っこでちまりちまりと大きい子達の様子を伺っていました。
「りんたん控え目ー!」と言いながら抱っこして頭に鼻をくっつけなぜなぜするとりんたんは嬉しそうに「まいまい!!」と言っていた。
最近ふと世の中の人達をよーく見ると皆それぞれ自分の世界の中で生きているんだなーと思った、一見派手な人が目につきやすいけど・・・よーく見ると皆結構変わっている。
人間って。
私は個性の強いおばさんを見ると「アルゼンチンババアだな!(吉本ばななさん作・大好きな本です)」と一人思ってはほくそえんでいたが、見方を変えると・・・実は皆アルゼンチンババアだなと思う。
ナンだろうか・・・何かの残像のような形の無い物の面影をゆらゆらと追いかけて生きているような。
今日の夕飯はグリーンピースご飯・豚のしょうが焼き(紅茶用のジンジャーシロップで作ったら美味しかった、後仕上げにカボスを少したらしたらコクとツヤが出て良かったです)豆モヤシのナムル・胡瓜とトマトのサラダ・プチトマトの味噌汁でした。
さっき洗濯物をたたみながら自分の中の長年の疑問の答えみたいな物が「ぴーん!」と思い当たりました、日々のご飯というのはしっかりと大地に足がついたような身体の健康を維持するのにとても大切な物で・・・ティータイムは華やかで美味しい物を楽しむ非日常的な部分なのです。
それはどちらも私の生活には欠かせない物で、その両方を教室で提案していきたいんだと思う。
最近頑張っているから夜中にドーナツもありかな?みたいな(それは違うか・・?)
心をじーっと止めてみるといつもと全然違う世界が見える


でもあんまり健康過ぎる生活を送るとからっぽになり過ぎて何にも出てこなくなりそうで心地悪いからもう少ししたら又ちょっと引きこもるようになると思う。
最近コンビにのコッペパンが良く食べたくなる、ジャムとマーガリンが入ったやつ。
専門学校に通っていた頃クラスの女の子が朝ご飯にこの菓子パンをおもむろにカバンから出して食べていたのが物凄く美味しそうに見えてそれ以来時々「ジャムマーガリン」のコッペパンがむしょうに食べたくなるのだ。
そして又反省して玄米と味噌汁なんかをせっせと作って食べるそんな繰り返し。
明日はインドの子とランチの約束をしている。
コッペパン


これで安心してスリランカに行ける。
偶然ですが今夜の我が家の夕飯はスリランカカリーだった。
さてさて明日は教室です、準備してさっさと寝ます。
空の向こうの香り


後はタクワンやら塩鱈やらを食べました。

昨夜の


5月の教室レシピがナムル5種類と豆腐粥なので・・・(デザートはアイスクリームの苺ソースがけと苺の温かい紅茶ですー)我が家は試作や教室の残りやらで毎日お粥&ナムルなのです。
今日は教室が終わり家に帰って洗濯を干したり掃除機をかけたりしていたらいつの間にか日が暮れはじめていた、昼間はあんなに暖かいのにちょっと日がかげるとスーっと空気が冷たくなる。
そういえば今日の教室の時生徒さんの誰かが(私はキッチンでデザートの準備をしていた)「これ今日家で作ってみよう」と言ったのが聞こえた。
美味しいと言われるのもとっても嬉しいけど教室では「誰でも簡単に作れる美味しい物」と思いレシピを考えているので「作ってみよう」と言われると凄く嬉しい。
あー又次回もそう言ってもらえるような物を考えようと思う。
今日はニイナが帰って来る前に韓国の袋ラーメンを一人で作って食べた、真っ赤な辛いやつ。
最後に袋ラーメンを食べたのはいつだった憶えていないほど久々に食べたけど美味しくて感動してしまった、ここ数年で袋ラーメンの味が良くなったのか?と思うほどだった。
帰って来たニイナには白いコムタンスープ味のラーメンを作ってやって「美味しいと思わない!?」と聞くと・・・「美味しいけど日本のとかわらんよ」と言っていた。
韓国の屋台で食べた海苔巻きが食べたくなる味だった。
りんたんも食べたがっていたけど、袋ラーメンはまだまだ早い。
ナムル&豆腐粥の日々


オノバは学校は違うけど高校時代の友達だしー、私は同じ学校の友達とあまり遊ばなかったような記憶がある。
話はどーんと飛ぶけど・・・本物はピカーッと輝いて見える物だと私は思う、その事を昔東京に住んでいた頃の友達に話したら「本物なんてこの世界にはないんだよ」って言った。
その時にその言葉からどうしょうもなく暗く淋しい匂いを嗅ぎ取ってしまったらから私はそのままうなずいてしまったような記憶がある。
本物って別に高価な物でもないし特別な物でもないと私は思っている。
子供の頃は世界が生き生きと見え庭の草木でさえ希望に満ち溢れているように見えていた。
それは何でかな?と花壇に水をまきながらその水で遊ぶりんを見ながらふと考えていたら、きっとそれは「死ぬ」って事を知らないからかな?と思った。
この目の前の物が本当はいつか確実に消えてなくなる物だって事を知らなくって、生きているのが当たり前のようなどっしりと安定した大地に自分達はいると信じきっている。
今日は夕飯を家族三人で食べている時にふと「自分がいなくなる前の日の夜もこうやって普通に淡々とした暮らしをしていたいな」と思った。
今日の夕飯は蒸し鶏とセロリを(ナムル用に混ぜてあったのを少し使って)パンに挟んでチーズやケチャップやマヨネーズでホットサンドにしたらとっても美味しかった。(後は豆腐のお粥やらナムル色々でした)
ニイナも美味しがっていたのでついつい嬉しくなって「喫茶店でこれが出て来たら美味しいよねー」と自慢げに言ってしまった。
ちょっとした事だけど、何となく押し付けがましいような得意げなような言い方になる時が私にはあるので自分でも嫌だなーと思い気をつけようと思っているのだけど・・・化けたたぬきがついつい嬉しくなるとしっぽがチョロっと出てしまうように・・・私も嬉しくなると悪いくせがチョロっと出てしまう。
もっと落着いてお話しすれば良いのだな。
近頃季節がらかもしれないけどちょっとだけ本気で海の近くで暮らしてみたいなと思うようになって来た。
明日も又海を思いながらせっせと料理をします。
きらりとする物


りんたんは後ろの席のインド人の女の子に気に入られたらしく何回も抱っこされていた。
南インドからの留学生だそう・・・んー一瞬スリランカっぽい空気も感じたけど何かが違うと思ったらやはりご近所さんの南インドでした。
しっかりお友達になって来ましたー。
ヤモちゃんは英語でペラペラとお話していたのが凄いなーと思わず尊敬の眼差しでした、さすがシスコ生活長いだけある・・・うむうむ。
私はちっとも話せないうえにベトナムっぽい子やアフリカっぽい子などを見ながら「あーこの子達の故郷や家のご飯はどんや風景なのだろうかー」とか思うと学食のタイカリーもうまく喉を通らないほどそわそわしていまった(不審者?)。
食後ヤモちゃんりんたんと三人でドライブをしていたのだけど途中道に迷って(ちなみにナビ付きの車なのですがね・・・)私は少し焦っていたらぽつんとヤモちゃんが「なんて今日は良い日だ」と言った。
その瞬間、山道を照らすお日様がヤモちゃんの横顔をぱっと明るく照らした、私は目的を果たす事に一生懸命になりすぎて何だか大切な事を見失っていたなと思った。
今月はたまたま教室・撮影スタートが一緒だったので忙しいような気持ちになっていたのだけど、結局やれる事しかやれないのだからやれる事だけをしっかりやろう・・・・ゆっくり波にのる気分で行こう。
山道・お日様・その先の光・・・



夕飯



ある日の朝食


今朝は撮影で残っていた鶏粥にネギのみじん切りや豆腐なんかを入れて煮込んでみたらスープ風のお粥が出来た、そして中身の鶏肉を出して身をほぐしてセロリのスライスと和えてナムル風にしたのも体がすっきりときれいになる味だった。
一山越えると次のレシピや料理が浮かんでくる、多分何かの形で外にだしたからだな。
夕方玄関に水をまいて掃除していたら何かの拍子にすべって見事にすっころんでしまった、それを見たりんはびっくりしたらしく「あんた!!大丈夫かい!!」と言わんばかりに目を見開き泣き出してしまったのだった。
多分りんたんなりにびっくりしたのと同時にショックだったんだろうなー私がすっころんだのが。
何かわかるような気がする、小さい頃って親や兄弟が失敗すると妙にショックだったような気がする。
まあ私なんかは常々失敗ばかりしているので・・・きっとりんたんはすぐに親の失敗など見慣れるに違いないけど。
今日はどうしても夕飯を作りたくなかったので何もしないでいるとニイナがご飯を作ってくれた、あれなんていう食べ物だろう?すんごく美味しいやつ。
赤飯のおやきかな??具も面白い、挽肉と三つ葉と・・・・後は干し海老やいりこや粉チーズやたくわんが上にのかっていて一見めちゃめちゃな感じだけど食べると「うんまーい!!!」って叫びたくなる味。
ごま油がきいていてちょっとチマキぽい味かも。
すっころび



朝食


料理の事とか器の事とか思い出しながら。
キミコさんはお店にいらした時から私に「りんちゃん元気?!」とか私の好きなジャズシンガーのお話とか色々話題を持ちかけてくださっていたのに私は料理の事で頭がいっぱいになってしまっていてうまく受け答えが出来なかった。
ボヤーっと頭の中にある物を実際に表現するという事は私が思っている以上にもっとはっきりとした何かが必要なのかもしれない。
次回の撮影にはそこを少し意識してみよう。
撮影一日目


今日は兄夫婦とバーベキューをしてその流れで友達家族も加わりお酒&お茶の飲み会となりさっき帰宅。
帰ってから流し台の洗い物を洗いりんの夏服の整理をちまちまとした。
小さな服を広げては「これ今年も着れるかな?」とか思いながら又たたんだり、生活って面白いものだなーこうやって人間って一生を終えて行くのだろう。
ニイナやりんにじーんっとした物がこみ上げる。
最近自分のしたい事が少し見えてきた、それは「食べ物の美味しい生活」。
今までは食べ物って見た目ではなくって味だよなーっと思っていたけど、見た目が美味しそうな物って本当に美味しい。
「わー美味しそう」と思うような物をこしらえてはふはふ食べる・・・そんな暮らしがしたい。
美味しそうな物を作った時は誰かに喜ばれているようなそんな気持ちになる。
昨日も寝不足なので今日はそろそろ寝ます。
美味しい暮らし



アルマジロ PART 2


両手でわしわしと食べるそうだ。
今日はりんと母の日のお花を両家の母用に買いにオアシスタワーの花屋さんに行った、ここのお花屋さんは花器も可愛いし楽しいのです。
「いつかこういうお花の似合う暮らしをしてみたいなー」と・・・うっとりしなら花を見ているとりんが鼻水を垂らしながら今にも花をむしりとる勢いで鉢植えの花に手をのばしていた・・・。
慌てて拾い上げぎりぎりセーフ、結局サーモンピンクのバラの苗を買いました。
結構大きめで蕾が沢山あるやつ。
写真で見るかぎりでは花の形も丸っこくころんとして可愛らしかったです。
ゆっくりお花を見ながらティータイムをするのはまだまだ先になりそうですが、老後(へー?先過ぎ?)の楽しみにとっておきます(ちなみに私達夫婦は子育てや仕事の責任が無くなった老後こそ本当の自由だ!思いっきり不良生活を満喫するのだ!と意気込んでいる・・・ん?私だけ?なので長生きしたい物です)。
もうすぐ母の日



今日の収穫


港町風の店内にすっかり魅了されてしまいました。

今日は


今日はアイスクリームを三回も食べてしまいました。

久しぶり!



ドライブインにて


まだまだ冷え性の私には辛い季節です。
昼過ぎに近くのスーパーに買い物に行った時にインド料理屋さんの前を通ったらお客さんがいっぱいだった、思わずりんと「良かったねーだって美味しいもんねー、良い香りだねー」と言いながら遠巻きに眺め歩いた。
夕方天気が思わしくないのでりんと二階で寝ていて起きたらちょうどオノバが玄関の前に来ていた、ナイスタイミン!!一緒にスーパーに夕飯の買出しに行きました。
うちは今夜はイサキの塩焼きとアラ汁(白すり胡麻と小ねぎを入れたら香りが良かったです)キャベツのベーコン炒め・コーンバター・納豆・チャンジャでした。
昨日は一日外食でしかも夕食はがっつりスパシーなインド料理を食べたので今夜は何となく優しい味の物にしました(チャンジャは辛いけど)。
あと、ビールと(母乳をあげているのでノンアルコールにしました)マンゴーピューレを割ったら美味しかった。
オノバは何やら美味しいそうなメモ紙を見ながら買い物をしていました、チキンの生姜煮とか・・・・色々作るみたい。
近所のスーパーで友達とお互いの夕飯の買い物するのって何だか幸せだ。
特別ではいない日常の落ち着きを一緒に味わっているようで。
気温のせいかここ数日私はなんだかぼんやりしています。
曇り空が重い



植物園


キミコさんに一番初めに書いた原稿をわざわざ送りもどして頂いたので少し読んだけど途中で「もしかしたら今はあまり読まない方が良いかも」と思いそのままにしています。
一番暗くよどんだ部分でもあるし、一番柔らかく大切にしまっていた部分でもあるから。
とにかく波乗りみたく自然の力に身を任せ自分の任務を淡々と果たそう。
今日はニイナとりんと三人で植物園に行って来ました、りんは石を拾って食べるので目が離せません。
帰りに寄ったスーパーでふと殻に入った胡桃が目に止まった瞬間ぐーんと頭の中の記憶のピントが動き初め、ある所にパチっと止まったのでしたそれは殻つきの胡桃を初めて見た日の事。
それはまだ私がかなり小さい頃だったと思う、父が何処からか殻つきの胡桃を買って来て見せてくれたのでした。
始めはそれが食べ物とはわかりませんでししたが新聞紙を広げとんかちでガンガンと割ると中から香ばしい木の実が出てくる様子にひどく感動しましたし、手間のわりに少ししか食べられないのも珍味みたいで子供心をくすぐられました。
それからしばらく我が家では胡桃が流行り父が買ってくるたびに「とんかちで割ってくれ」と父に飛びついてじゃれていました。
その頃に一番欲しかった物は胡桃割り人形です、話の内容は悲しい話だったような気がするとしか憶えていませんが・・・・可愛いフランス人形がこの美味しい胡桃をきれいに割ってくれるなんて素敵過ぎるじゃーないか!と思った事を憶えています。
何だか遠すぎて自分の事ではないような気がする、あそこでやりたい放題父や母に甘えているのは確かに私だよな。
身近な人を亡くすと自分の人格のひとつが出て来なくなります、これって皆そうだと思う。
私の場合は父ですが、父といる時にしか出てこない「私」という物があってそれは父がいなくなってからは出て来れなくなりました。
そういう出会いや別れを繰り返して来ているので、昔の自分を思い出すとまるで自分ではないような気がするのかもしれません。
父の前でしかいなかった私はもう出番がないのですから。
キミコさんとの本はその部分を形にして一度自分の中から出してみたいという気持ちがあります、その事を最初のミーティングの時にキミコさんにお話したのですが、だんだん「本」という物を意識し過ぎてしまい私の中でテーマが曖昧になって来ていた事をキミコさんに指摘されたというわけです。
はーすっきりした、そうなんだ。
書いてみて今自分でももやもや胸にあった物の正体がわかりました。
何度も書きますが本といっても自主制作の小さなレシピ本です(日記に書くたびに「えー本を出版するのー?」と友達に聞かれるので・・・一応書いておきます)。
その正体


スリランカの電化製品って可愛いんです!!
空港内にも何故か電化製品屋さんがありました。
入国手続きも終わらないままそうそうに電化製品に飛びついていました・・・。

これー!!


特に子供服が可愛かったです。
何故かこういう物を見ると胸がキューンとします。

量販店


ガイドさんがホテルの偉い人とお知り合いとか!?
広いオープンテラスを貸切状態のランチタイムでした。
カツオ(多分)のフリットです、スリランカの人は魚を良く食べます。
揚げたてさくさくでたまりません!!ビール!!

ランチタイム


いよいよ今月から撮影です。
原稿を何度か読み直して書き直している間に始めにキミコさんとお話したコンセプトから少しずれてしまっていたみたい。
今まで漠然と本にするならこういうのを書きたいなーとか思っていた物が自分の中にモヤモヤっとあって実際それを目に見える形にして何度も読んでいるとあれもこれもと思ってしまい、抱えきれなくなった物達の帳尻を合わせようとしてしまうのが良くないんだと思った。
根拠が見当たらないまま自然に出てきた物を形にしてみたい。
これって結構勇気がいるかも・・・。
「意味わからなくないか!?」とか自分で自分の事を思ってしまうし、まっ私を含め人間は意味わからなく生きている人が大半なのかも知れませんが。
でも何となく伝わるのだろうと思う、そう「何となく」が一番大切。
1+1=2とはいかないのが料理だし、人生だし、ティータイムなのです。
そしてキミコさんの鋭いアドバイスに「はー!!」っとしながらドキドキもしています、私に無い物を沢山持っている方だから。
今年度の目標は「整理整頓」です。
散らばった心や頭の中身を少しずつ形にして行きます。
今日はニイナにりんを見てもらっている間にお店の掃除に行って来た、笑ってしまうほどどっさり古いスプーンやフォークがあった、それもたいしてお洒落でもないようなやつ。
しーんと静まり返ったお店の奥で一人それらを並べて見ながら「私なんでこんな物をこんなに集めているんだろうか(笑)よっぽどスプーンが好きなんだろうな」とつぶやていた。
一生懸命重たいペダルをこぎはじめた感じ。
整理整頓


超濃厚!
まだ見ぬインドよありがとう!

マンゴーラッシー


陽の光の色や痛さがキャンディーとは全然違う。
人の顔つきも違う気がした、もっと南国・・・っていうか熱帯って感じです。

南の南


ジャングルの中に突如優雅なリゾートホテルが現れるのです、なのでガラス張りのジャグジーの向こうから毎朝サルがのぞいていました(笑)。
フルーツはどれも美味しかったです!

ウエルカムフルーツ


何度聞いても言葉の響きだけは聞き慣れ次に何ていう言葉がくるのかがわかるようにはなるがいまいち「ぴん」と来ない。
肩書きや生い立ちよりもその人の話し方や仕草や目線や指先の隅々から出る様子の方がよっぽど正確な情報に思えてそちらばかりが気になるのだ。
そうして何度か会っているうちに「その人」という輪郭が徐々に見え始める。
小さい頃はそのスピードが早かったような気がする、人に興味を持つとぐーんっと一気に近くなっていたような気がする。
最近私は新しい事に目を向け始めている・・・と自分で思っている。
明るい響きとかきれいな色とかそんな物を心に取り入れる事が出来る準備が整って来たような気がする。
今年の夏は遊ぶのだ!!
今スリランカ日記を新しいバージョンに書き直しています、なので時々普段の日記に混ざってしまう事があるみたいなのです。
見にくい時にはすみませーん。
なるべく早めに仕上げるつもりです。
新しい季節





















